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本物の忍者はこの地から生まれた

菊岡如幻(きくおかにょげん)

032_Kikuoka_jogen

【写真 菊岡如幻生誕家の石碑】

菊岡如幻は寛永2年(1615)に生まれるが、出自は清和源氏頼政の流れをくみ島ヶ原菊岡村より起こる。本名捨松、随性軒とも称した。

如幻は伊賀上野で質商を営む裕福な商家を継ぐ一方、学問を好み北村季吟に師事し和歌をよくした。文筆家として、延宝7年(1679)の天正伊賀乱の悲劇を伝えた『伊乱記』は、伊賀衆と織田信長との戦いを描いた傑作であろう。

他にも、荒木又右衛門仇討ちの実録『殺法法輪記』、伊賀の地誌『伊水温故』、民話を集めた『茅栗草子』、そして150巻にのぼる大著『世諺一統』などの著書がある。

特筆されることは、如幻は『伊賀国忍術秘法』『伊賀忍者考』という忍者について記述した本も書いている。そう意味では初代伊賀忍術研究家と言えるであろう。

墓所は上野市九品寺にあり、戒名は菊岡如幻らしく法號夢如幻居士となっている。

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忍者の里 伊賀(三重県伊賀市・名張市)
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