天正伊賀の乱

天正伊賀の乱 とは?

織田軍と伊賀衆が二度に渡って戦った、侍と忍びが直接対決した戦国唯一の戦

事の起こりは、今から約440年前、天下統一をねらう織田信長の次男、信雄(のぶかつ)は伊勢の有力者、北畠具教(きたばたけとものり)の養子となり、伊勢を攻略しようとします。

忍者の里伊賀 スタンプラリー

その後、具教を滅ぼし、伊勢を手に入れた信雄は、伊賀を乗っ取ろうと計画したが・・・

伊賀衆について

「衆」とは血縁関係よりも地縁(住む土地)関係によって結ばれた集団のことです。「伊賀衆」とは、伊賀の城館に住み、伊賀国内だけでなく近隣の国々でも活動した土豪・地侍のことを指します。その中に現在でいう忍術を備えた人々がいたとみられますが、伊賀衆のすべてが忍びであったわけではありません。

「伊乱記」について

江戸時代、上野城下町に住んでいた学者でもあった菊岡如幻(きくおかにょげん)が「天正伊賀の乱」の約100年後に記した軍記物(一種の戦争小説)で、江戸時代の伊賀で語られていた伝説を集めて著したものです。天正伊賀の乱について、まとまって記されています。

探索時のお願い

  • 駐車場がない場合は、公民館等の公共施設の駐車場を利用するなど、交通法規をお守りください。
  • 足元の悪い場所や雑草が生い茂る場所もありますので、動きやすい服装(長ズボン、長そで等)や歩きやすい靴、虫よけ対策など、十分注意して探索してください。
  • 近隣にお住まいの方のご迷惑とならないようにご配慮ください。

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