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本物の忍者はこの地から生まれた

忍術とは?(にんじゅつとは)

忍術とは、小さくは自分の身や家族、地域を護まもり、大きくは天下、国家を護るための諜報(ちょうほう)と謀略(ぼうりゃく)の術技

映画やテレビ漫画でおなじみの「忍者」は、今や全世界で日本をイメージする国際語となっています。しかし、超人的で神秘的なイメージの強い「忍者」は、空を飛んだり、消えたりと、まるでスーパーマンであるかのように、あるいは忍者刀を振りかざして忍術が格闘技であるかのように、まちがって解釈されています。

戦乱の時代に必要とされ、発達した忍術は、小さくは自分の身や家族、地域を護(まも)り、大きくは天下、国家を護るための諜報(ちょうほう)と謀略(ぼうりゃく)の術技です。平和を維持するために日々情報を収集し、その情報から変化を読み取り、その変化に対して工作、破壊、謀略など敵を混乱させて兵力をさげる技術を用いて、迅速かつ果敢に対応しました。

忍術のキーワードに「虚」と「実」があります。空を飛んだり消えたりは、人間の心理の裏をついて、「嘘」をさも「真実」のように見せたのです。心理学や呪術、占術を利用して人間の心理をあやつり、また薬学、医学、天文学など生きるための知恵と、人間の能力を最大限に引き出す技術の集大成こそが忍術なのです。合理的に物事を考える忍術は、知力による戦術を宗とし、兵力(武力)による戦術は愚としました。伊賀流(三重県伊賀地域)と甲賀流(滋賀県甲賀郡)の忍術は、その起源が同じで、もっとも優れた忍術といわれています。

忍者ブームの火付け役 昭和30年代の忍者小説

  一躍伊賀忍者が脚光を浴びることになった昭和30年代の忍者小説ブーム、司馬遼太郎が直木賞を受賞して最近も映画化された「梟(ふくろう)の城」、柴田錬三郎の「赤い影法師」、村山知義の「忍びの者」、山田風太郎の「くノ一忍法帖」などなど。中でも「梟の城」と「忍びの者」は、元上野市長で忍術研究家であった奥瀬平七郎氏が、その研究された忍術の資料を提供して創られた作品で、どちらも伊賀忍者が主人公になっています。この忍者小説に始まる映画やテレビの忍者ブームは、忍術をアピールする絶好の機会でしたが、一方で忍術が武術のように紹介されたり、登場人物の設定から忍者が貧民(下級農民層)であったかのように表現され、間違った忍者像が定着して、現在もこのイメージが一般的となっています。また、「忍者」や「忍法」といった呼び名がつくられた時期でもありました。
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忍者の里 伊賀(三重県伊賀市・名張市)
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