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本物の忍者はこの地から生まれた

澤村甚三郎(さわむらじんざぶろう)

002_Sawamura

【写真 澤村家屋敷 非公開】

家伝では神護景雲3年(763)に春日神社が勧請された時より川東に住み、中世は土豪として川東一帯を治めていた。

澤村家は春日神社の真南に位置し、屋敷周囲は今なお土塁や堀が残る見事な中世城館である。『三国地志』、『伊乱記』、『伊賀付差出帳』にも名があり、津藩2代目藤堂高次の代より江戸時代まで伊賀者として仕えている。

『隠密用相勤候控』『澤村家由緒書』には、伊勢国一揆の動向の探索や異国船接近の偵察をしたとある。特筆されるのは、嘉永6年(1853)にペリーが黒船4隻で浦賀来航の際、甚三朗保祐は老中の命により、最後の伊賀者としての黒船探索を行った。

探索の証拠としは乗組員より2通のオランダ語の書類などが残っている。また、携帯用の狼煙筒、水中松明などの忍器も残されている。

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忍者の里 伊賀(三重県伊賀市・名張市)
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