伊賀四十九院

いがしじゅくいん

062_Iga_Shijukuin

【写真 弥勒寺廃寺】

『伊水温故』によると田守とも称した。木津川支流久米川下流の地にあり、行基が聖武天皇の勅を奉じ諸国に四十九院を創建しその一院が当地に建てられ四十九院村と呼ばれる。

伊賀は大和と共に現世仏教が布教れた地であり、その土台になったのが伊賀四十九院であった。弥勒菩薩を本尊とし平安朝の中頃から山伏達が兵法、武術、忍術を教える学塾になった。生み出した第一号の山伏兵法習得者は藤原千方と云う。

弥勒寺は四十九院の一つであったが天正伊賀乱で兵火を経て明治40年(1907)に廃寺となった。しかし今も乳授けの祈願者が多い。

中世の土豪として増田氏、中森氏、知高氏の城跡が残っている。明治5年(1872)に弥勒寺は廃寺となる。

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