進んだ忍者の薬理学は、科学・化学的な側面も持ち合わせていました。
驚いたことに12時間強も燃えつづける火種を発明していたのです。
この「胴の火」と呼ばれる忍器は、火を起こしたまま懐(ふところ)に忍ばせておくこともできました。
冬の山野など悪条件においては寒さをしのぐカイロとしても役立ったのです。
長さが15センチ程の銅製の筒に黒焼きにした和紙、犬蓼(いぬたで)、ナスの茎などを詰める。
筒には通気のための透かしと懐にいれても大丈夫なように(ふた)がついています。
カイロ?それともライター
羅針盤
えっ!羅針盤(らしんばん)もつくっていた
薬には直接関係ありませんが、北を常に指すコンパスをも手作りしていました。その名は「耆著(きしゃく)」。
鉄を真っ赤に焼き、急に冷水で冷やして、磁気を帯びさせたということです。
そしてその磁性のある鉄片を薄くのばして、船の形にします。
使い方はそれを沈まないように水に浮かべます。船の向く方角が北だというわけです。
包帯は赤紫色だった
忍者の携帯品の中で、さすが忍者だと感心させられるものがあります。
それは赤紫色をした三尺手拭(さんじゃくてぬぐい)。
ほおかむり、はちまき、塀をのぼる際の縄の替わり、とさまざまな用途がありますが、それならただの手拭いの使い方と大差はありません。
忍者らしいのはその染料です。マメ科の蘇芳(すおう)という植物で染められており、殺菌作用をもっていました。
手拭いで水をろ過殺菌したり、軽い傷には包帯として有効だったようです。
蘇芳に殺菌作用のあることを知っていた忍者ならではの小道具ではないでしょうか。
殺菌、防虫、薬草染め
センブリ
効き目があってよく当たる薬という意味で当薬ともいわれるセンブリは、腹痛などの薬として、その苦さでも有名です。
しかし、このセンブリを煎(せん)じた汁で下着などを染めるとノミやシラミの駆除(くじょ)に効果があったことはあまり知られていません。
今ではそんな虫に悩まされることも無くなりましたが、この防虫効果、忍者たちにとって重要なポイントだったといえます。
キハダ
産地に生息する高木。このキハダの表皮を煮て染料としました。
紙を染めると虫がつかず、忍者にとって大切な文書を保存するために役立っていたと考えられます。
水渇丸
苛酷な任務が続くことのある忍者。
襲ってくるのどの渇きをや空腹に打ち勝たなければ仕事になりません。
しかし、いかに忍者といえども、そこは人間。
そんなときは秘伝の忍者薬の登場です。その名も、のどの渇きを一時的にいやす「水渇丸」、飢えをしのぐ「飢渇丸(きかつがん)」。
「水渇丸」は梅干しが、「飢渇丸」はそば粉や山芋が主原料で、食品に近い。
長期にわたっての服用には問題があるでしょうが、対処法的ならかなり効果のあるものです。
香の謎解き
人物を観察することも忍者の仕事です。
人相や言葉づかい、その他の所作に加えて、香を判断材料としていました。
その家の経済状態や屋敷の規模などを着物についた香の匂いで推理するのです。
ウイキョウ、チョウジ、ジャコウ、キャラ、ジンコウ、ビャクダンなど、微妙にちがう香りを嗅ぎ分けることで判断しました。
忍法七法出
忍法七法出(しちほうで)(変装)の小道具
忍法のひとつに七法出というのがあります。
虚無僧(こむそう)、出家(しゅっけ)、山伏、商人、放下師(ほうかし)、猿楽(さるがく)、一般庶民の七つの姿に身を変えて潜入する忍法です。
その際、前述の身分を香りで判断するのとは逆に、相手をだますために香りをつけるということもしました。
線香の匂いのしない出家は怪しく、護摩(ごま)の匂いのしない山伏もいないわけです。
薬売りなら和薬の、呉服屋ならキャラ、ジンコウなどの独特の香りがあり、その姿にあった匂いを身にまとったのでした。
もちろん香道の知識を持っていたので、その裏をかく影の香り道とでも呼びたいものです。
香原料
忍者はお風呂がお好き
日本人は温泉やお風呂に入るのが大好きな民族といわれています。忍者もまたよくお風呂に入りました。
しかしこれも忍者にとっては趣味ではなく、大切な仕事だったのです。
匂いで相手を知ることと同様に自分の匂いを消すことが必要だったからです。
また端午の節句の菖蒲湯(しょうぶゆ)のように身を清め、邪気(じゃき)を払う意味合いもあったのでしょう。
薬草風呂
薬草の芳香(ほうこう)成分で体臭、生活臭を取りのぞき、その薬事効果で血行をよくし疲れや傷をいやす。
薬草博士の忍者たちはおおいに活用していたものと思われます。
- カキドウシ湯:シソ科の多年草。消炎効果あり。
- ハッカ、ショウガ湯:血行をよくし疲労回復。
- ヨモギ湯:切傷、虫刺され、肩凝りや神経痛にも有効。
忍者はアロマテラピスト
忍者が発達した薬学文化を持っていたことは、もう皆さんもおわかりのことと思います。
その基礎は、薬草を嗅ぎ分けるすぐれた臭覚にあります。そのため香には敏感でもあったわけです。
つまり、精神をコントロールする手助けを、ビヤクダンやジンコウ、護摩(ごま)などその香りに求めました。薬理効果も実際にあり、今で言うところのアロマテラピーを実践していたのです。
香の十徳・・・鬼神(きしん)を感応させ心身を清浄し、毒を除き、眠気をさまし、独居には友となり、忙中に閑をとらせ、多くとも少しでもそれぞれの用を満たす。
また長く保存しても朽(く)ちず、常用してもむろん差し支えない。
忍者特製手作り豆腐
忍者も大好き手作り豆腐
大豆には不思議な力があるとされてきました。
節分の豆まきで悪霊や鬼を払うという習いなど、その聖なる力が信じられてきた証しです。
それだけ大豆が重要な食物として、日本人の暮らしの中に入り込んでいたということでもあります。
忍者は、その大豆を巧みに体作りに取り入れました。
その代表的な食品が「手作り豆腐」です。
- 一晩水に浸した大豆をひき砕く。
- 大豆油をごくわずか加え、煎じ溶かす。
- これを濾してかすを取り去る。
- 残った白濁水を再び煎じる。
- 沸騰したら箸にニガリを垂らし、泡をしずめてから、布袋にもる。
- お櫃に入れておくと自然に固まりできあがる。
豆腐関連食
豆腐関連
岐良須(きらず)
豆腐を作る過程でできた搾りかすのこと。
現代ではおから、卯の花でお馴染み。
良質のタンパク食品として当時重宝しました。
媼(うば)
今で言う湯葉のこと。
手作り豆腐の過程でできた白濁水を煎じたときに表面にできる薄い膜。
醤油とわさびでそのまま食べます。
朧豆腐(おぼろどうふ)
豆腐を作る最後の過程で、布にもらず直接椀にもり固めて食べる。
口に入れるととろけるようで、その独特の食感から朧豆腐の名がつきました。
氷豆腐(こおりどうふ)
豆腐を切り竹籠にもり、寒い夜に露宿すると堅く凍る。
これを火にさらして干したもの。
食べるときは煮る。
保存食の知恵です。
六条(ろくじょう)
夏の土用のうちに生どうふ一丁を六つに切り塩を振って晴天に干す。
木片のように固く黄色味を帯びてくる。
この六条を削って汁物に入れると花鰹(はなかつお)に劣らず良い味になる。
乾燥中に雨が降るとたちまち腐ってしまうので注意がいった。
玄米おにぎり
玄米が太らない科学
忍者は主食として玄米を食べていました。
それは玄米が芋や白米よりも脂肪化しにくいからです。
経験的にそれを知っていた忍者たちではありますが、現代医学の目からみてもそれはうなずけることが分かってきました。
食後に分泌されるインシュリンは、脂肪を使用することを止め、脂肪組織の形成を促してしまいます。
実は玄米こそ、そのインシュリンの分泌刺激が少ない食品だったのです。
玄米炊き方教室 湯取
忍者の玄米炊き方教室 湯取
二つの方法が用いられた。いずれも今とはかなり異なります。
ひとつは、
- 釜の中に玄米を入れる。
- やや多めの水を入れてすっかり煮えるとざるにあけ、その煮汁を濾(こ)す。
- ざるで覆って自らの湯気で蒸(む)らす。湯取(ゆとり)法と呼ばれる。
玄米炊き方教室 焼乾
忍者の玄米炊き方教室 焼乾
はじめ少なめの水で、煮汁をとらずに炊ききる。焼乾(たきほし)法と呼ばれました。
湯取食は柔らかく味が薄いので老人や虚弱(きょじゃく)の人に、焼乾食は味わいが濃く強いので壮実(そうじつ)の人にと、工夫された。
もちろん現役忍者たちは焼乾食を食べていたと思われます。
はと麦かゆ
ハト麦かゆの巻
ハト麦は享保の頃中国より渡来しました。
荒れ地でもよく育つところから、生命力の強さを感じ取っていた忍者は、努めて食べるようにしていました。
実際に、高タンパクでありビタミンB群、カルシウム、鉄分、食物繊維が多く含まれバランスの良い穀物です。
なおかつヨクイニンによる利尿作用などで太りにくい特性をもち、肥満防止に役立っていました。
「ハト麦かゆの巻レシピ」
ハト麦のデンプンはもち性で、粘り気があることを利用します。
- 殻を取り去り、玄米といっしょに多めの水でよく煮る。
- とろみが出たら塩を少々加えてできあがり。
粘りけがあって実に美味しい。
少量で満腹感があり、まさにダイエット食には最適。
ダイエット蒟蒻
こんにゃくの作り方
究極のダイエット食は、蒟蒻(こんにゃく)古邇夜久(こんにゃく)と昔は書きました。
- 晩秋に掘った蒟蒻芋(こんにゃく)を水に浸す。
- 縄で外黒皮(がいこくひ)を擦(す)り去り、よく洗う。
- 細かくつき、砕いて餅のように粘り気を出す。
- それを濃い灰汁(あく)でよく煮て、水でゆすり洗いをする。
- 煮ては洗い、洗っては煮るを5、6回繰り返すとゼリー状になる。
食べる際には再び煮(に)て、食す。
空腹、のどの渇(かわ)きをいやすばかりか、食物繊維(しょくもつせんい)でおなかの掃除ができます。
おなかの掃除や空腹、渇きをいやすことなどは、現在ようやく蒟蒻の効能として注目を浴びていますが、当時の知恵には驚くばかりです。
ゴマ
れっぱくの気合いはゴマ勝負の巻
気力を増し筋骨をかたくするゴマ
食物の小さな巨人・黒ゴマ。耳や目をはっきりして、大小腸の働きをよくするとも言われています。
とにかく毎日食べることによって、骨や歯を丈夫にし、格闘技に必要な体をつくるのに役立たせていたことは間違いありません。
また良質の油分は、冬でも凍らず、燈にともすと風に揺らがず、すすも少ない燃料となります。
黒ゴマは花や葉も利用した
黒ゴマは茎の高いものは3、4尺(しゃく)もあります。
葉は青襄(せいじょう)とよび苗が出るのをまって採り食用にしたり、その汁を婦人の髪すきに使用しました。
花はイボを治す薬とし、油はご存じのように食物を炒めるのに使いました。
十分に煎(い)って熱いうちに抽出した香油は点燈へ。
食べてよし、塗ってよし、くべてもよい万能の植物がゴマだったのです。
松の実
五感が冴える松の実
松の実は仙人(せんにん)の霊薬(れいやく)ともいわれ、タンパク質、脂肪、鉄分、ビタミン類が豊富で、ことにビタミンB群(B1、B2)は筋肉疲労の緩和(かんわ)に役立ち、ビタミンEは血行を良くするなど、運動量の多い忍者にとっては必需食品といえるでしょう。
それを体験的に知っていた忍者は、松の実を食べると五感が冴えわたると信じていたようです。
黒砂糖と忍者酒
癒しのテクニック
持久力のいる忍者。体力も精神力もおのが限界に達する仕事も少なくありません。
そんな時は、むろん修行の成果を発揮して耐え忍ぶことを一義とはしますが、癒しのテクニックを駆使(くし)することもありました。
運動によって疲労すると、肝臓や筋肉からグリコーゲンが消費されているため、血糖値が低下しています。それをすばやく補うのに用いられたのが、黒砂糖です。
ミネラルも豊富で、疲れをほのかな甘みでいやしていたようです。
また心のリラックスには忍者酒を用いていました。
忍冬酒 豆淋酒 枸杞酒 竜眼酒 桑酒